IEA最新データ:PEM減速とアルカリシフトでプラチナ需要はどうなる?

株式投資

IEAの最新データでは、水電解装置プロジェクト数は増えている一方で、稼働時期の延期が増えています。加えて、採用技術はPEMからアルカリ型へ少しずつシフトしており、PGM需要の伸び方にも変化が出てきました。
その結果、WPICは2026〜2030年の水電解由来プラチナ需要見通しを12%下方修正しています。水素市場の成長は続くものの、プラチナ需要の立ち上がりは時間軸が後ろ倒しになっている点が重要です。

「水素は伸びるからプラチナも上がる」という期待への冷静な視点

「水素社会が来れば、触媒に使われるプラチナの価格も上がる」という期待は、投資家なら誰しも一度は考えるシナリオです。

しかし、重要なのは「期待」と「現実」のギャップを正しく認識することです。

この期待の根拠となるのが、グリーン水素の普及がプラチナ需要を押し上げるというシナリオです。

一方で、現実はプロジェクトの稼働延期や、プラチナを使わないアルカリ型電解装置への技術シフトといった課題も浮き彫りになっています。

これらの要因が、単純な需要予測に待ったをかけています。

プロジェクトが増えているのに、なぜプラチナ需要の本格化には時間がかかると見られるのか、その構造を紐解いていきましょう。

グリーン水素普及がプラチナ需要を押し上げるというシナリオ

グリーン水素とは、太陽光や風力といった再生可能エネルギーを使って水を電気分解して作る、二酸化炭素を排出しないクリーンな水素のことです。

この水素を製造する装置が「水電解装置(電解装置)」となります。

特にプロトン交換膜(PEM)型と呼ばれるタイプの装置は、触媒としてプラチナなどの白金族金属(PGM)が不可欠であり、世界で導入が進めば、それに伴ってプラチナの産業需要も大きく伸びると期待されています。

このように、脱炭素という大きな流れがグリーン水素の製造を促し、その中核技術であるPEM型電解装置の普及がプラチナ需要を直接的に押し上げる、という美しいストーリーが描かれてきました。

しかし現実は相次ぐプロジェクトの稼働延期

しかし、その期待に水を差すのが、国際エネルギー機関(IEA)が指摘するプロジェクトの遅延です。

計画は数多く存在するものの、実際に建設や稼働にまで至っている案件はまだ一部にすぎません。

IEAの最新レポートによると、発表されている全プロジェクトのうち、最終投資決定(FID)に至っているのは全体のわずか4%です。

多くのプロジェクトが、資金調達の難航や許認可プロセスの遅れといった壁に直面しています。

この「計画」と「実行」の大きなギャップが、プラチナ需要の立ち上がりを後ろ倒しにしている最大の要因の一つと言えます。

もう一つの要因、アルカリ型電解装置への技術シフト

プロジェクトの遅延に加えて、もう一つ見逃せないのが技術トレンドの変化です。

水電解装置には、プラチナを必要とするPEM型だけでなく、ニッケルなどを触媒に使い、必ずしもプラチナを必要としないアルカリ水電解(アルカリ型)装置も存在します。

アルカリ型は歴史が古く、製造コストがPEM型よりも安いという利点があります。

そのため、特に大規模プロジェクトを推進する中国を中心に、アルカリ型のシェアが相対的に伸びています。

IEAのデータでも、2022年に稼働を開始した電解装置容量の約3分の2を中国が占め、その多くがアルカリ型でした。

「水素製造装置が増える=即プラチナ需要が増える」とはならないのは、このアルカリ型への技術シフトが、PEM型由来のプラチナ需要の伸びを相殺する方向に働いているためです。

IEA最新データが示す水素プロジェクトの二つの側面

水素プロジェクトの現状を正しく理解するためには、計画されているプロジェクトの数と、実際に稼働が見込まれる時期とのギャップを認識することが非常に重要です。

国際エネルギー機関(IEA)の最新データを紐解くと、将来への期待から計画数自体は増加傾向にある一方で、現実的な課題により2030年までの稼働実現には黄色信号が灯っているという、光と影の両側面が見えてきます。

このデータは、水素市場への投資を考える上で、期待先行の楽観論だけでなく、現実的な課題にも目を向ける必要性を示唆しています。

計画数自体は増加傾向で将来への意欲は健在

世界各国で脱炭素への機運が高まる中、クリーンなエネルギー源であるグリーン水素を製造するプロジェクトへの投資意欲は衰えていません。

IEAの報告によると、公表されている水素関連プロジェクトの総数は前年比で増加しており、もし計画がすべて実現すれば、水素を製造するための電解装置の能力も拡大を続けます。

これは、多くの政府や企業が将来のエネルギーシステムにおいて水素が重要な役割を担うと確信していることの力強い証拠です。

計画段階のプロジェクトが着実に増えているという事実は、水素産業の長期的な成長ポテンシャルが依然として高いことを示しています。

2030年までの稼働実現に灯る黄色信号

しかし、計画数の増加という明るい話題の裏側で、IEAは厳しい現実も明らかにしています。

IEAは最新の分析において、2030年までに実際に稼働すると予測される低排出水素の生産量見通しを引き下げました。

その最大の理由は、多くのプロジェクトで計画の遅延が深刻な問題となっている点です。

水素プロジェクトは、構想から実際の稼働まで通常3年から6年ほどの長い期間を要します。

そのため、現時点で最終的な投資決定に至っていないプロジェクトが2030年までの稼働を実現するのは、スケジュール的に非常に厳しいと言わざるを得ません。

PEM電解の減速がプラチナ需要を押し下げる構造

「水素社会が実現すればプラチナ需要も伸びる」という期待は根強いですが、その構造は単純ではありません。

ここで最も重要なのは、水素を製造する技術トレンドの変化が、プラチナ需要の将来を左右するという事実です。

具体的には、触媒としてプラチナが不可欠なPEM型電解装置の動向、コスト面で優位に立ちシェアを伸ばすアルカリ型の存在、そして専門機関による客観的な需要予測の下方修正という3つの側面から、プラチナ需要が伸び悩む構造を解説します。

プロジェクトの遅延に加えて、この技術シフトがプラチナ需要の伸びを当面抑制する構造的な要因となっているのです。

触媒に白金族金属が欠かせないPEM型電解装置

プロトン交換膜(PEM)型水電解装置とは、電気の力で水から水素を製造する技術の一つです。

その心臓部である電極の触媒には、プラチナやイリジウムといった非常に高価な貴金属(白金族金属)が不可欠となります。

PEM型は、太陽光や風力といった天候によって発電量が変動する再生可能エネルギーとの相性に優れています。

例えば、発電量が不安定な状況でも素早く応答して効率的に水素を製造できるため、グリーン水素を普及させる上での本命技術と期待されてきました。

このように、グリーン水素が普及すればPEM型装置の需要が増え、それに伴いプラチナ需要も直線的に伸びる、というのがこれまでの基本的なシナリオでした。

相対的にシェアを伸ばす非白金族系のアルカリ型

一方で、PEM型と市場で競合するのがアルカリ水電解(アルカリ型)装置です。

こちらは、触媒にニッケルなど比較的安価で調達しやすい金属を利用するため、装置の製造コストを低く抑えられる点が最大の強みになります。

従来はPEM型に比べて電力変動への応答性などで劣ると見られていましたが、近年の技術開発で性能が着実に向上しています。

その結果、世界的に計画される大規模な水素プロジェクトにおいて、コスト優位性を理由にアルカリ型が採用される比率が上昇しているのです。

プラチナを必要としない「アルカリ型への技術シフト」が、これまで市場が想定していたプラチナ需要の伸びにブレーキをかける大きな要因となっています。

WPICによるプラチナ需要予測の12%下方修正という事実

こうした技術トレンドの変化やプロジェクトの遅延は、専門機関による客観的な予測にもはっきりと表れています。

プラチナ投資評議会(WPIC)は、世界のプラチナ市場について需要と供給の詳細な分析を四半期ごとに発表している権威ある組織です。

そのWPICは最新のレポートで、水素を製造する電解装置に由来するプラチナ需要の予測を修正しました。

具体的には、2026年から2030年にかけての累計需要見通しを、前年の予測から12%も引き下げたのです。

この事実は「水素市場の成長が終わった」ことを意味しません。

むしろ、プラチナ需要の本格的な立ち上がりのタイミングが、市場の期待よりも後ろにずれているという冷静な現実を示しています。

脱炭素投資で失敗しないための具体的な戦略とリスク管理

脱炭素社会の実現に向けた投資、特に水素関連分野では、将来への期待感だけで判断すると大きな失敗につながります。

最も重要なのは、市場の期待と技術開発の現実にある「時間軸のズレ」を正しく理解し、冷静に戦略を立てることです。

まず短期・中長期で分ける時間軸の考え方を整理し、次にコモディティ・関連株・投資信託を組み合わせる分散投資の具体例を紹介します。

さらに、投資家が直視すべき4つの主要リスクと、ご自身の資産を守るための実践的なリスク管理ルールを具体的に解説しますので、ぜひ参考にしてください。

短期・中長期で分ける時間軸の考え方

投資における時間軸とは、どのくらいの期間で成果を期待するかという視点を指します。

この時間軸を明確に意識するだけで、日々のニュースに一喜一憂することが格段に少なくなります。

短期(今後1〜3年)では、IEAが指摘するようにプロジェクトの遅延が影響し、プラチナ需要が急増する可能性は低いです。

そのため、「水素社会が実現する」という期待だけが先行しやすい局面になります。

一方で中長期(2030年以降)では、遅れていたプロジェクトが本格的に稼働すれば需要が回復する余地は十分にありますが、その時にプロトン交換膜(PEM)型電解装置がどの程度のシェアを占めているかが需要の大きさを左右する鍵となります。

「水素産業が成長すればプラチナ価格も必ず上がる」という単純な方程式で考えるのではなく、時間軸に応じて市場の状況を冷静に見極める姿勢が重要です。

コモディティ・関連株・投資信託を組み合わせる分散投資の具体例

分散投資とは、値動きの傾向が異なる複数の資産に資金を分けて投資することで、特定のリスクが資産全体に与える影響を軽減する手法を指します。

脱炭素という一つのテーマの中でも、様々な投資対象を組み合わせることが可能です。

例えば、水素関連への投資資金のうち、30%をプラチナそのもの(現物や上場投資信託)に、40%を水素の製造・供給インフラを手がけるリンデやシーメンス・エナジーといった関連企業の株式に、そして残りの30%を「iシェアーズ グローバル・クリーンエネルギー ETF」のような、より広い再生可能エネルギー分野をカバーする投資信託に配分する、といった方法が考えられます。

このように複数の種類の資産を組み合わせることで、特定の技術トレンドの変化や一企業の業績にポートフォリオ全体が左右されるリスクを抑えつつ、脱炭素という大きなトレンドの成長を捉えることができます。

投資家が直視すべき4つの主要リスク

大きな成長が期待される分野への投資には、その裏返しとして必ずリスクが伴います。

事前に起こりうるリスクを具体的に把握しておくことは、市場が想定外の動きをした際に、冷静な判断を下すために不可欠です。

特にグリーン水素関連の投資においては、各国の政策変更による補助金の縮小リスクや、再生可能エネルギー由来の電力コストが高止まりするリスクは常に意識する必要があります。

これらの要因は、プロジェクトの採算性に直接影響を与えます。

これらのリスクを正しく理解し、全てのプロジェクトが計画通りに進むわけではないとあらかじめ認識しておくことが、長期的な投資で成功するための重要な前提となります。

資産を守るための実践的なリスク管理ルール

潜在的なリスクを理解した上で、次に重要になるのが、ご自身の資産を守るための具体的なルールです。

感情的な判断に流されることなく、機械的に実行できるルールをあらかじめ決めておきましょう。

最も基本的かつ効果的なルールは、水素関連のような特定のテーマへの投資に充てる資金を、ご自身の金融資産全体の5%から10%まで、といったように明確な上限を設けることです。

これにより、万が一そのテーマが期待通りに成長しなかった場合でも、資産全体へのダメージを限定的にできます。

これらのルールをご自身の投資方針として明確に定めておくことで、市場が大きく変動した際にもパニックに陥ることなく冷静に行動でき、長期的な視点での資産形成につながります。

まとめ

本記事ではIEAとWPICの最新データをもとに、PEM型とアルカリ型の技術シフト、そして水素プロジェクトの稼働延期がプラチナ需要に与える影響を整理しました。

結論として、電解装置プロジェクトは増加しているものの、2030年までの稼働は後ろ倒しになりやすく、当面はPEM由来のプラチナ需要が伸びにくい局面にあります。

実際にWPICは、こうした延期とアルカリ型採用拡大を背景に、2026〜2030年の電解装置由来プラチナ需要見通しを12%下方修正しています。

脱炭素投資で重要なのは「水素は伸びるからプラチナも上がる」と単純化しないことです。

短期と中長期で時間軸を分け、ポートフォリオ全体の中で水素関連の比率を抑えつつ、プラチナ・関連株・クリーンエネルギーETFなどを組み合わせて分散し、FID・建設・稼働の進捗に応じてリスクを調整する運用が現実的な戦い方になります。

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